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中国美味紀行(四川編)―その8「食べているうちにワンタンとの対話モードに──老麻抄手」

帽子のような可愛らしい形

 原稿を書き始める前に写真を準備しているときから、もう食べたくなってきた。それが四川のワンタンである「抄手」。その名前と形は、普通のワンタンとはかなり違っている。

 その原型がコレ。

市場で売っていた抄手。まるで帽子か小舟のような形。大きさは縦が5センチくらい。オジサンがその場で手作りしていた ワンタンは中国各地で食べられているが、その作り方や呼び名が違っていたりする。たとえば中国北部では「餛飩(フントゥン)」。日中辞典でワンタンを調べると出てくるのがこれだ。形も日本のワンタンとそんなに変わらない。

 中国南東部の福建省では「扁食(ビェンシー)」。北部のワンタンより小型で、あっさり味の醤油スープに入れて食べることが多い。

 中国南部の広東省では「雲呑(ユントゥン)」。「ユントゥン」は「雲呑」の普通話(標準語)での読み方だが、これを広東語読みすると「ワンタン」になる。広東の雲呑は一般的に挽肉とともにプリプリのエビが丸ごと入っていて、ピンポン球みたいな大きさと形。これをワンタン麺にした「鮮蝦雲呑麺」は、広東省や香港に行ったらマストの食べ物と言ってもいいほど美味い。

無我の境地で食べ続ける

 そして、中国中西部にある四川省では「抄手(チャオショウ)」となる。「抄」は片方の手をもう片方の手の袖口に入れることを意味し、中国の歴史ドラマなどで広い袖口に手を入れて身体の前に掲げる動作を見ることがあるが、あれのことだろうと思われる。抄手の形も、ワンタンの左右の端を互いに重ねるようにして作られている。

 これを茹でて、紅油という辛いタレと和えて食べたり、麻辣味やあっさり味のスープの中に入れて食べる。それがコチラ。

「老麻抄手」という、重慶に本店があるチェーン店の一品。小碗で7元(140円)、中碗で10元(200円)、大碗で12元(240円)。帽子のツバにあたる部分にスープがよくからまる もっとも麻辣なレベルを食べてみた。麻辣のうちの辣(辛さ)はそれほどでもなく、辛いモノ好きな人なら問題ないレベルだが、問題は麻のほう。

 麻は痺れるような辛さとよくいうが、食べた瞬間に辛さを感じるのではなく、食べているうちに唇や口の中が麻痺するように痺れてくる。そのうちに味もよく分からなくなり、それでも箸は止まらず、ワンタンと対話するかのごとく、無我の境地でただひたすら食べ続けるようになる。日本にも出店してきてほしいほど、とにかく美味い。成都に行く機会があったら、ぜひ食べるべし。
オマケカット。成都市内の公園にて。成都の人たちにとって、お茶は日常生活に欠かせないアイテム。茶館や公園のテーブルで、お茶を飲みながらおしゃべりしたり、トランプや麻雀にふけったりする

佐久間賢三
中国在住9年5か月を経たのち、尻尾を巻いて日本に逃げ帰る。稼いだ金は稼いだ場所で使い果たすという家訓を忠実に守ったため(?)、ほぼ無一文で帰国。食い扶持を稼ぐためにあくせく働き、飲みに行く暇も金もない日々を送っている。日本の料理が世界で一番美味いと思っているが、中華の味も懐かしく感じる今日この頃。