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中国美味紀行その56(深圳編10)「釜の中で壺ごとじっくり作る滋味豊かなスープ──瓦罐湯」

 これまで潮州、四川、湖南と、深圳にも数多くのレストランがある広東省周辺の地域の料理を取り上げてきたが、今回は広東省の北東部と接する江西省の料理をご紹介しよう。この江西料理、日本はおろか中国でもかなりマイナーな存在なのだが、スープだけは全国にその名を轟かしている。

単なるスープだが、その作り方に特徴が

 江西省は中国南東の内陸部にある。日本ではほとんどその名を知られていないが、唯一、陶磁器の産地として有名な景徳鎮(けいとくちん)が、陶磁器愛好家の間でわずかに知られているかもしれない。江西省についていえるのはこれくらいしかない。

 そんなわけで料理もマイナーで、筆者も江西料理がどういうものなのか、実はよく知らない。もしかしたら食べたことがあるのかもしれないが、少なくともこれが江西料理だと意識して、一つの料理を除いて、食べたことがない。

 ウィキペディアや中国の百度百科などで調べてみると、江西料理は周囲にある省の料理の影響を受けているようで、大まかにいって3つの系統に分かれているようだ。だが、筆者は食べたこともなく、よく知らないので、ここでは割愛する。

 そんなマイナーな江西料理だが、一つだけよく知られている料理がある。それがスープである。

 スープなんて材料以外、どこで作っても同じじゃん、と言いたくなるのはよく分かる。実際、広東省の人たちも、スープにはこだわりを持っている。それでも、江西料理のスープは、他とはまた違った特徴を持っているのである。その違いとは、スープの作り方にある。

 スープといえば、大きな鍋に材料と調味料、水を入れて火にかけるというのが普通の作り方かと思うが、江西料理のスープは、小さな壺のような入れ物に材料を入れてフタをし、陶製の大きな釜に入れて、蒸し焼きのようにしてスープを作る。その様子が下の写真である。

レストランの前に大きな釜がいくつも置かれている。フタの上の番号によって素材の異なるスープの区別をしている

 大きな釜の中にズラリと並べられた小さな壺。この釜の下に火のついた木炭や煉炭が置かれ、中の壺をゆっくりじっくりと熱していく。壺を下から直接火にかけるのとは異なり、壺全体を時間をかけて熱していくことから、材料の旨味がじんわりとスープに溶け出して滋味豊かな味わいとなり、栄養価もそれほど損なわれないとされている。

 この大きな陶製の釜のことを中国語で「瓦罐」(ワーグァン)ということから、このスープは「瓦罐湯」(ワーグァンタン 湯はスープの意味)と呼ばれている。スープの注文が入ると、釜の中から長い棒で壺が取り出され、テーブルまで運ばれる。

 運ばれてくるスープはこんな感じである。

実はこの写真は福建料理の佛跳牆(「中国美味紀行その22」参照)。でも、瓦罐湯も見た目は似たような感じ

 中国のスープは、その多くに東洋医学的な医食同源の効能があり、使われている材料によってその効能が異なってくる。レンゲでスープをすくって口に入れると、その澄んだ味わいの中に素材の滋味がDNAの二重螺旋のように絡み合っているのが感じられる(ような気がする)。料理を食べ始める前にこれを飲むと五臓六腑に染み渡り、悦楽のため息を漏らすことになる。

 美味しいスープがあれば、あとはチャーハンだけでも豪華な食事に感じられるから不思議である。
おまけカット。1394年ごろにできた、深圳の古い集落の一つである「南頭古城」の入口

佐久間賢三
中国在住9年5か月を経たのち、尻尾を巻いて日本に逃げ帰る。稼いだ金は稼いだ場所で使い果たすという家訓を忠実に守ったため(?)、ほぼ無一文で帰国。食い扶持を稼ぐためにあくせく働き、飲みに行く暇も金もない日々を送っている。日本の料理が世界で一番美味いと思っているが、中華の味も懐かしく感じる今日この頃。