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中国美味紀行その58(深圳編12)「香港遠征1 本場で食べたのより美味かった──北京ダック」

 深圳では料理の写真をあまり撮っていなくて、ついにネタが尽きてしまった深圳編。というわけで、深圳のすぐ隣にある香港の食べ物を2回にわたってお伝えする。といっても、ただ香港の食べ物を紹介しても面白くない。その1回目は、なんと北京ダックである。

それほど美味くなかった北京の北京ダック

 深圳に住んでいる(=働いている)と、すぐ南隣にある香港にはしょっちゅう行くことになる。仕事の用事で行くこともあれば、ときには深圳のジャスコでは売っていない日本の食品などを買いに行ったりすることもある。

 深圳からいったん香港に行くと、たいていは半日以上そちらにいることになるため、昼食や夕食は香港で食べることになる……のだが、香港は深圳に比べると食費が高い。貧乏性な筆者は、なるべく安く済ませるために、好きでもないマックに行ったり(深圳のマックより美味い)、サンドイッチ(これはこれで大好きだった。深圳では食べられない味)を食べたりすることがほとんどだったので、香港での食事の思い出は、香港に何度も行った割にはあまり多くない。

 しかし一度だけ、香港のレストラン紹介の仕事で北京ダックの名店に取材に行くことになり、その時にレストランが撮影用に出してくれた北京ダックをご馳走になったことがある。

 実はその数年前、北京に旅行に行った時に北京ダックの有名チェーン店で食べたことがあるのだが、それほど美味いとは感じなかった。ご存じのように、北京ダックはこんがり焼けた皮の部分を薄く削いで、ネギの千切りや甘辛い味噌と一緒に薄餅に巻いて食べる。ところが、皮があまりに薄いので、肉の味があまりしなかったのだ。

 だから香港の店でもあまり期待していなかったのだが、この店の北京ダックは違った。北京ダックを1羽丸ごとオーダーすると出てくるのがこれである。

焼き立て北京ダック丸ごと。お尻の先っちょの部分は、かなり油っこくて風味にクセがあり、筆者はあまり好きではない

 これをお店の人が丁寧に包丁で削いで皿に並べてくれるのは北京のチェーン店でも同じだが、香港のこの名店では、皮と一緒に削ぐ肉の厚さが違った。まるでチャーシューのように分厚く削ぐ。

 肉厚な北京ダックをネギと味噌と薄餅に巻いてほおばると、皮のパリパリした食感とともにジューシーな鴨肉の味が口の中いっぱいに広がり、その重厚な味わいは、まるでパヴァロッティのオペラを聞いているかのような快感を脳内にもたらす。

 丸ごと1羽となると、おそらく4人以上が食べる分量ではないかと思うが、この時は他に同行者が一人だけだったので、お腹いっぱいになるまで北京ダックを堪能することができた。

 なぜ北京から遠く離れた香港の北京ダックがこんなに美味しいのか。

 北京ダックはたしかに北京が本場の料理だが、香港の広東料理にはもともと焼臘(シゥラップ)と呼ばれる肉を丸ごと炉で焼く料理があり、鴨の丸焼きは焼鴨(シゥアップ)と呼ばれている。こちらは皮を薄く削ぐなどということはせず、デカい中華包丁で肉を骨ごとぶった切って食べる。

こちらが広東料理の焼臘。香港や広東省ではお馴染みの光景だ

 つまり、同じような料理が香港にもあり、皮と肉を一緒に食べたほうが美味しいということを知っているからこそ、これだけ肉厚な北京ダックになっているのであろう。

 というわけで、やっぱり北京ダックは香港に限る……のである。
おまけカット。香港の中心部を走る2階建てトラムからの車窓。比較的涼しい夕方以降なら、夜風に吹かれながら都会の夜景を楽しむことができる

佐久間賢三
中国在住9年5か月を経たのち、尻尾を巻いて日本に逃げ帰る。稼いだ金は稼いだ場所で使い果たすという家訓を忠実に守ったため(?)、ほぼ無一文で帰国。食い扶持を稼ぐためにあくせく働き、飲みに行く暇も金もない日々を送っている。日本の料理が世界で一番美味いと思っているが、中華の味も懐かしく感じる今日この頃。