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中国美味紀行その124(四川食い倒れ旅編13)「楽山発祥の貧しい庶民のために作られた料理──蹺脚牛肉」

 楽山への旅の〆は、もちろん夕食。中国版Uberの「滴滴出行」(ディー ディー チュー シン)で呼んだ車の運転手さんに、お薦めの店を聞いたところ、中心部からかなり離れたところの店に行くことになった。

「蹺脚(=足を持ち上げる)」という名の由来は

 着いたのは、なんでこんなところにレストランが?というような場所。住宅街というよりも、なんか古ぼけた建物が並んでいて、通りに人けがあまりないような場所だった。しかしレストランの建物自体は新しく、しかも、運転手さんが言っていたとおり地元の人たちに人気の店のようで、店内には多くの客がいた。

 ここでもオーダーは中国人の友人たちにお任せ。最初に出てきたのが、この料理。これもまた、四川料理っぽい食べ物である。

大腸干鍋。干鍋は大勢で四川料理店に行くとたいていオーダーする一品

 大腸干鍋(ダー チャン ガン グォ)の干鍋とは、スープのない鍋のこと。薄手の鉄鍋に入って出てくることが多い。材料にはほぼ火が通っていてそのままでも食べられそうだが、鉄鍋の下に固形燃料を置いて火を着け、最後の仕上げ程度に温めることもよくある。鉄鍋に入った炒め物といったらいいだろうか。

 この料理方法は比較的新しいそうで、2000年頃に四川省成都市の北東にある徳陽市で始まったとか。筆者もそれ以前に成都や深圳の四川料理店で何度か食べたことがある。

 材料は肉類がほとんどで、それに香味野菜や唐辛子が入り、濃い味付けで出てくる。これがもうとにかく、ビールが進むのである。

 これをつまんでいると、スープが入った鍋がテーブルの上に置かれ、コンロに火を着けられる。そのスープが煮立ってくると、店員さんが具材を一気に鍋の中に入れていく。それが、蹺脚牛肉(チァオ ジァオ ニゥ ロゥ)である。

肉は薄くスライスされているので火が通りやすい

ソーメンのような細い麺も具とほぼ一緒に入れるので、具は麺と一緒に食べることになる 百度百科(中国版オンライン百科事典)によると、この鍋料理はこの楽山が発祥。1930年代初めにこの地の漢方医が、貧しい庶民のために薬草を使った栄養価の高いスープを作って振る舞ったところ、多くの人の病気を防いだだけでなく、カゼや胃の病、歯痛などが治ったのだという。

 その頃、牛の内臓は食べずに捨てられてしまうことが多く、それをもったいないと思った漢方医は、内蔵を分けてもらってよく洗い、漢方スープで煮たところ、非常に美味しく、かつ健康に良いということで、多くの人が食べにくるようになった。

 あまりに人が多く集まったために座って食べる場所がなく、立ったままだったり、しゃがんだりして食べる人がほとんど。なかには入り口の階段に座って足を組んで食べる人もいて、その姿を蹺脚(足を持ち上げる)と呼んだことから、この料理はいつしか蹺脚牛肉と呼ばれるようになったそうな。めでたしめでたし。

この唐辛子は1袋300g入りで店頭で売られていたので日本に持ち帰ってきたが、日本では使い途が少なく、なかなか減っていかない 現代の蹺脚牛肉は、食べやすくするためか、スープにそれほど漢方臭さはないが深みのある味わいで、それが麺と肉にからまって、普通の火鍋とはまた違った味わいになる。四川の鍋料理にしては珍しく唐辛子が入っていないと思ったら、小皿に唐辛子がたっぷり入れられて出てきた。鍋の具にこれをつけてから食べるわけである。はやり四川料理はどうやっても、唐辛子からは離れられないようである。

 食い倒れ楽山エクスカージョンは無事にお腹いっぱいのまま終えることができた。

昼間に町中で食べた甘味の冰粉(ビン フェン 7元)。これも四川の名物で、オオセンナリという植物の種を水の中で揉むと、このようなゼリー状になるのだという

佐久間賢三
中国在住9年5か月を経たのち、尻尾を巻いて日本に逃げ帰る。稼いだ金は稼いだ場所で使い果たすという家訓を忠実に守ったため(?)、ほぼ無一文で帰国。食い扶持を稼ぐためにあくせく働き、飲みに行く暇も金もない日々を送っている。日本の料理が世界で一番美味いと思っているが、中華の味も懐かしく感じる今日この頃。