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中国美味紀行その126(四川食い倒れ旅編15)「ついに食べた本場の味は?──麻婆豆腐」

 宜賓から高速鉄道に乗って成都に到着したのは午前11時ごろ。まだホテルにチェックインするには早かったので、その前に地下鉄に乗って向かったのは、市の中心部にある陳麻婆豆腐という店。麻婆豆腐発祥の店の名を継ぐこの店で、かねてから麻婆豆腐を食べてみたいと思っていたのである。

もともとは肉体労働者向けのぶっかけ飯

 今でこそ麻婆豆腐というと、日本でもかなり本格的な味のものを出す店が増えてきたが、今から15年ほど前に筆者が中国の深圳に渡り、四川料理店で初めて麻婆豆腐を食べた時には、花椒(フア ジァオ)の味の強烈さとその美味さに、「これまで日本で食べてきた麻婆豆腐はいったい何だったんだ!?」というほどの衝撃を受けたものである。

 ちなみに、麻婆豆腐の「麻婆」は日本では「マーボー」と読まれているが、中国語では「マーポー」である(豆腐はどちらも「ドウフ」)。

店の入り口は通りに面しており、中に入ると階段を上がって2階が店になっていた

 12時前に入店したのでまだ客の数は少なく、一人でもすぐに入れた。4人用のテーブルに一人で陣取ると、渡されたのは1枚の紙。言葉で料理をオーダーするのではなく、食べたい料理に鉛筆でチェックを入れるシステムだった。まるで、広東料理店の飲茶のようである。

「招牌菜」は麻婆豆腐のみ。これがウリの店だから当たり前か

 お目当ての麻婆豆腐は、左上の「招牌菜」のところに。「招牌菜」とは“看板メニュー”のような意味である。量は4人分以下(22元=約340円)か4人分以上(29元=約440円)しかない。一人で食べきれるか心配だったが、仕方がないので4人分以下のほうにチェックを入れた。あとは、野菜っけとして青菜炒めと、白いご飯を頼んだ。

これでしめて46元(約700円)。ご飯はおひつに入っているので二人でも十分な量。高級そうな店のわりには意外に安く済んだ

 日本の石焼ビビンバのような器に入った麻婆豆腐はそれほど量は多くなく、一人でもなんとか食べきれそう。ただ、写真には写っていないが、ご飯がおひつに入って出てきて、これはさすがに食べきれなかった。

 ついに食べる本場の麻婆豆腐。期待に胸をふくらませながら一口食べてみると、ん? なんかしょっぱい。中国で何度も麻婆豆腐を食べてきたが、こんなにしょっぱい麻婆豆腐は初めてだった。これがオリジナルの麻婆豆腐の味なのだろうか。それともたまたま料理人が塩を入れすぎたのだろうか。いずれにしても、かなり期待外れだった。その代わり、青菜炒めのほうはかなり美味かった。

 中国のネット百科事典「百度百科」によると、麻婆豆腐の始まりは清朝時代の1867年とされている。成都を流れる川にかかる橋の近くに「陳興盛飯舖」という飯屋があり、主人の陳さんは早くに亡くなり、奥さんが一人で切り盛りしていた。奥さんの顔には麻(あばた)がうっすらとあったことから、奥さんは陳麻婆(あばたの陳おばさん)と呼ばれていた。

 店のある橋のあたりには、荷物を運搬する人夫たちが一休みしたりご飯を食べたりするために多く集まっていた。彼らの間で陳さんの店の豆腐料理が評判になり、陳麻婆豆腐と呼ばれるようになり、いつしかそれが店名になったのだという。

 つまり、麻婆豆腐は肉体労働者向けのぶっかけ飯から始まったわけである。それを考えると、もともと麻婆豆腐はしょっぱめの味だったのかもしれない。
ホテルからの成都市中心部の眺め

佐久間賢三
中国在住9年5か月を経たのち、尻尾を巻いて日本に逃げ帰る。稼いだ金は稼いだ場所で使い果たすという家訓を忠実に守ったため(?)、ほぼ無一文で帰国。食い扶持を稼ぐためにあくせく働き、飲みに行く暇も金もない日々を送っている。日本の料理が世界で一番美味いと思っているが、中華の味も懐かしく感じる今日この頃。