旬食うめぇ暦 (2) - りんご酒

晩酌に全力投球! 朝起きた瞬間から「今晩は何をこしらえて、何を飲もうか」──家飲み大好きな飲食ライターが贈る旬食コラム。旬の食材にまつわる話を歴史や文化とからめながら、楽しく語っていきます。今回はりんご酒です。

多少マズくったって酔えればいい…

りんごジュースは甘いので、酵母が加われば酒になる

「秋の夜長にミステリー」……このフレーズが大好きです。秋のぼんやりとした寂しさはいつまでもつづくようで、なんだか落ち着かない。そんなときに欲しいのは、優れたミステリーの数々で、気持ちがズンと治まるとでもいうのでしょうか。昔はたくさん読んだもんです。

今はもっぱらCSで名作を “観て” 楽しんでいますが、先日は「刑事コロンボ」の「祝砲の挽歌」という回で面白いシーンがありました。舞台は私立の陸軍幼年学校の寄宿舎で、そこの学生たちが、りんご酒を密造して隠していたのです。

怖い校長先生に見つからないように瓶を外に吊るしておくのですが、ここが犯罪のキモで……おっと、これ以上は言うのをやめましょう。

“密造” といってもまったく大がかりなものではなく、りんごジュースを瓶に詰めておくだけ、自然発酵にまかせているような感じだったので驚きました。アメリカでは西部開拓時代からりんご酒を造っており、製法は基本的にその当時と変わらないようでした。

絞ったりんごジュースをワラでろ過し、樽詰めにするのが開拓時代式、その途中をはしょって瓶入りにしたのが学生の密造酒です。若い人のすることは常に挑戦というか、多少マズくったって酔えればいいんでしょう。

思い出しますよ。肉体労働のオジサンが飲むような安い焼酎をオレンジジュースで割って、浴びるように飲んだ日々……あのとき、もうちょっと勉強しておけば、もっと良いお酒が飲めるような生活ができ……やめときましょう。

学生のりんご酒、やっぱりお味を知りたいですよね。まず作るごとに風味は違っていたと思います。自然発酵ですから、空気中から入りこむ酵母がどんなものだったかわかりません。常に不安定です。日本のお酒にも昔はそういう要素がありました。

処女が塩で歯磨きして米を噛みペッと吐き出して仕込む

りんごジュースは甘いので、酵母が加われば酒になるんですが、米はそのままでは酒になりません。麹菌で原料となるデンプンを糖化させるのです。今でこそ、麹屋さんが販売するようになりましたが、大昔はそんな立派なものではありませんでした。

ずっと昔(南島地方などではわりに近年まで)は処女が塩で歯磨きして米を噛み、ペッと吐き出して桶に入れて仕込んでいました。唾液で糖化させていたんですね。お米を食べると口のなかで甘くなる、あの作用です。泡盛造りで特有の黒麹菌は、木の皮にくっついていたカビが偶然仕込甕に入ったとか……ホント、こんなもんでお酒ってできちゃうんです。

美味いまずいはこういう条件に左右されるとして、さあさあお味は……残念ながら日本では、フランスやベルギーの家庭料理のお店や大きな酒屋に行かないと、それに近いものは味わえないように思います。学生お手製の安酒なのにね。

日本のシードル、スーパーで売っている、いかにも女子向けものとはちょっと違うでしょう。しっかりろ過されたジュースに熱処理も加えられていて、まるでスパークリングワインのようなお味、とっても洗練されています。青森駅前にJRが経営するシードル工場があってそこでも味わったことがありますが、これもまたすっきりした飲み口、とっても美味しいんですが、そこは “日本のビール観” と似ていると思います。

“冷やしてキリリ、すっきりのど越し、コレ大切” という感じかな……。きちんと造られているから芯もちゃんと残っていて素晴らしいんだけど、温かみとか良い意味の野暮ったさがない。

本場フランスのシードルは、キンキンに冷やしていません。常温で出てきたのを飲んだこともあります。でも、美味しい。りんごの存在感がドンと前面に出て、それをアルコールがふんわり包んでいるような感じです。ドブロクのような素朴さがあるんだよなあ……。トロトロと、肌がじんわり温かくなってくるような優しい酔い心地。手造り感覚に近い分、学生たちのりんご酒も、こっちに近いのではないかと思います。

自家醸造に果敢に挑戦する「シードラー」(勝手な造語ですが)は、日本にもたくさんいるようで、その方々の記録を読んでいるととっても面白いです。発酵が浅かったり、栓を抜いたら爆発したり……まさに酒という生き物との戦い! 勝利の美酒は、これまた同じ苦労を積んだ同志と味わう……うらやましい限りではありませんか。失敗してもいいやって気張らずにできる方、是非造ってみて下さい。楽しい酒になりそうです。