YONAYONA夫婦★酒場日記 – 第3夜「大衆酒場 ふくろ 美久仁小路店」
- 2014/11/15 13:30
- YONAYONA夫婦
花金! ハナキン! さあ、飲み行くぞ!! 妻、事務所を鼻息荒く出て、夫と待ちあわせの豊島区立図書館に向かう。大通り沿いだがあまり人通りのないスーパーの前で、妻、背の高い男に追い越される。ゴトッと音がしてなにかが落ちる。『!?』なんと……拳銃だ。
こういうとき、人は悲鳴をあげるものと思いきや、なにが落ちたかよぉく確認してしまう妻。自分にビックリ。足がすくんでいたのかもしれないが……。『ア、スイマセン』気づくと男がヘラヘラしながらこちらに向かってくる。外国人で……ン? よく見ると、ブリキのおもちゃの兵隊さんみたいな格好してるゾ……おあそびのニセ拳銃だったのである。なんとなく飲むゾ気分を奪われて、フラフラとたどり着きましたるは東池袋1丁目、美久仁小路──。
美久仁小路はもともと闇市だった場所で、映画のセットのようにちいさな飲み屋がひしめいている。給料日あとの金曜日、小路にはあったかい喜びが満ちみちていて「みんな、ニコニコだね」と夫も嬉しそうだ。ホント、どこの店も満員だったが、お目当ての「大衆酒場 ふくろ 美久仁小路店」にはなんとか入店できた。4人がけのテーブルに相席である。
昔からある酒場らしく、中央に一人飲みのコの字カウンターがぐるり。そのまわりにテーブル席がある。たまたまだろうがテーブル席は年のころ30〜40歳くらいの男女2人組ばかり、仕事がえりの同僚といった感じが多かった。
夫と妻のテーブルには、さかんに飲みかつ食う女上司とひっきりなしにタバコを吸う部下の男。もくもく煙でいぶされながら、最初は中生(400円)で乾杯。「大生も650円だし、ココ、ビールお安いね」妻、機嫌が良くなる。
お通しのめかぶをつまむ間もなく、野沢菜(380円)と煮こごり(400円)が到着。大衆店にしては小奇麗な盛りつけで、ちょっと点数が上がる。煮こごりはイカのこま切れが見えるが、煮穴子の身の溶けたのがモロっと舌に残るような感じもあるので、いろいろミックスしてるのかな。食感はブリブリとかたいのも多いけど、ここのはやわらかめ。
刺身盛り合わせ(850円)は、大ぶりの切り身でなかなかのおトク感。次になにを飲もうかハタと迷う。ビールが安いんだからそのまま飲めばいいんだけども、こういうときに限って“気分じゃない”やるせなさ。結局、生酒300ml(600円)を注文。
ああ、でもちょっと失敗。大衆酒場にはよく置いてある、大手酒造会社の“すっきりとしながらも味のない酒”。いくらでも飲めるんだけど、ナニを飲んでるのかわからないまま酔っぱらうので、ゆったりした晩酌には適さないのだ。
夫はホッピー360ml(220円)と焼酎1合(250円)を頼んでホクホク顔、「ナカが多い気がするよ」。ナカはもちろん焼酎のことだが、これが緑のビンに詰められてやってきた。たいていは“ナカ○円”と量はうやむやで供されるものが、この店は“しっかり1合”。良心的なのだ。
「普段はホッピー1本でナカ2杯飲むでしょ。でもナカが多いと配分にこまるよね。ウヒヒ」「はア」「あとさ、ふつうは最初からコップに氷とナカが入っちゃってるから、自分の好きな濃さにできないけど、ここは氷入りのコップに自分の好きな量を入れて調整できるからいいよね」
「そっスか」……妻、そっけない答え。このころから急激に酔いがまわって、夫の熱弁なんて、どうでもよくなったのである。
酔うとツマミの注文が“攻め”に切りかわる妻、レバ炒め(480円)、揚げしゅうまい(380円)、肉じゃがコロッケ(380円)と怒涛のコッテリモードに突入する。
レバ炒めはそう、みんな大好き“アジシオ”味。化学調味料だっていいじゃないか。濃い塩味のシャッキリ野菜炒めは、どうしたってビールへの布石。もう1杯お願いします。
天ぷら衣の揚げしゅうまいは、ソースをつけて食べるのだが、これはほかの老舗酒場と同じなのでおどろく。一見ちぐはぐな、でもなんとも美味い組みあわせを誰が考えたのだろう。ちょっと思い出したのが、妻もよく作る「池波正太郎家のオムレツ」。“戦前の下町の女が作るオムレツ”と、池波正太郎は前置きしてレシピを書いている。
具は牛こま切れとジャガイモとネギ、みりんと醤油でコッテリと味つけしたあと卵でくるむ。ソースをかけて食べるのだが、これがまた安直なお惣菜って感じでご飯にも酒にもよく合うのだ。
ソースがハイカラな時代の“家庭で作れる洋食”っていうのかな。“ちょっと目あたらしくて懐かしい”……昭和のそういう匂いが、この店の揚げしゅうまいにもあるような気がするのである。
ふとまわりを見わたすと、ずいぶん長居の客が多いことに気づく。夫と妻よりも先に盛りあがっていた客たちが、まだちびちびやっているのである。
給仕のおねえさんが追加のビールを持ってきたので、刺身の残りひと切れをいそいで取り皿に移そうとすると、「あ、いそがなくていいんですよ」とニッコリ。ああ、そうか。ここは“ほっといてくれる”店なのだ。
大衆酒場の悪いところは、活気という名を借りた“落ちつかなさ”。目はしの利いたおかみさんでもいると間髪入れず注文を取りにくるし、空いた皿を下げるのもコッチの都合より心持ち早い。でも、この店はちがう。お刺身ひと切れであと2〜3口の酒をすすろうとするようなノンベの気持ちをちゃんとわかって、ほっといてくれるのである。ちょっと感動、じんわり涙。なんだか夫が2つに見えてきたよ……。ん? これは酔ってるからか。
お会計は5500円。特別な料理はないが、手ごろで良心的、なによりも居心地のよい優良酒場である。美久仁小路の雑多感に惹かれたノンベたちが入れ代わり立ち代り……東池袋の夜は、昭和から綿々とつづく人恋しさに満ちあふれている。
YONAYONA夫婦
"愛は酒がつなぐもの、酒は愛をつなぐもの”。そんな心意気のもと、夜な夜な酒場に出かけている。「夫」は腹囲1メートルが自慢(!?)のIT系編集者。好物は日本酒、ビール、コーヒー、玉子、歯ごたえのイイ食いもの。「妻」はWeb系の飲食ライター。バブル時代に親に美味しいものを食べさせてもらっていたクチだが、もうそんなトコは卒業。好物は日本酒、ビール、刺身、豆腐、おひたし。ふたりともほぼ"好き嫌いなし”という、今の世の中に珍しい逸材。